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みんな元気です

 投稿者:妹尾清美  投稿日:2011年 3月20日(日)11時37分50秒
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  大地震からもう11日が経ったとはとても思えません長くて短くて‥…東京は今日は暖かくよい天気です
地震当日は姉のマンションの6階にいましたが、かたかたとした揺れが見る見る大揺れになり、柱につかまって立っているのが精一杯の数分間はとても長く感じられました、揺れがおさまって居合わせた皆が「こんな大きな地震は初めて」と倒れた物を片している最中に余震がきてそれは一回目より大きく長く感じられ、とても怖かったです。
幸い廻りではけが人は居ませんでしたが、町内のあちこちで剥がれ落ちたタイルや崩れた壁土が見られ、ああ此処も被災地なんだと思いました。  数日後スーパーにキャットフードを買いに行くと食料品の棚やトイレットペーパー等の棚がガラガラでびっくりしました。ガソリンスタンドも一時閉店か開いていれば長蛇の列です。
買い物客も心なしか殺気立っているようで怖い感じがしました。商品はすこしづつ戻っています
 私達は平静に過ごしています、ご心配いただきありがとうございます。
被災地のこの先の長い復興への道を思うと今更ながら神戸の被災者の方々のご苦労が忍ばれます
地震はこれからも来ます、特に東海地震や関東直下型などは必ず来ると言われていますのでいつも最低限の備えはしておこうと話し合っています、皆様もどうぞお気をつけて。
 
 

近田の柿

 投稿者:良治  投稿日:2010年11月20日(土)10時59分1秒
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  近田の柿はやっぱり近田の味がする、と一人頷きながら頂きました。  子供心に、高い木に登り、手作りの先の割れた竿で柿を取り、歯の欠けた包丁で皮をむいて食べた味です。今から考えると果物の皮むきが上手と褒められるのもこの時のお蔭なのかも知れません。
今日、何十年ぶりかでフォークソングを一緒にやっていた連中と同窓会を兼ねてライブをやります。呼びかけ文を紹介します。 皆さん!元気ですか、生きていますか! 笑っていますか!愛する人はいますか! 埃をかぶったケースからギターを取り出し、新しい弦に張替え、皆で集まってみませんか?  何かが始まるかも、又何かを始めよう、という事になるかも知れません。   ゆっくりと楽しんできます。
 

弁論大会

 投稿者:信後  投稿日:2010年11月 5日(金)21時31分32秒
返信・引用
  真由美ちゃんの昨日の話を聞きながらいろんな事を思った。
急に見えなくなってから2年あまりが過ぎ、そして発表のように明るく前向きに生きて、同じようにな障害を持つ人を一人でも多く仲間に迎え一緒に楽しい時間を過ごそうと働きかけるまでになるのに、自分自身で乗り越えなければならないどんなに大きく重いものがあったのかを想像していました。
真由美ちゃん自身の事に重ねて、視力を失っていくあの真っ暗な時代から這い上がっていった耕基のことや、そこで真由美ちゃんとの出会いがあった事など。
そのような過去を明るく楽しい思い出として語ってくれた今回の弁論発表に感謝感謝です。
 

思惑のない言葉がこんなにまで心に響くとは

 投稿者:良治  投稿日:2010年11月 4日(木)22時04分10秒
返信・引用
  真由美さんと続く人たちの話を全部聴いてしまいました。計算ずくではない、素朴な言葉に沈黙です。足るを知る。。最近気持ちに近い言葉です。貧乏の正当化なのか、それとも、今の時代のさきがけなのか、分かりませんが。。。尖閣列島の中国、北方領土に対するロシア。と、ナショナリズムを誘導しようという問題が続発する中、私は、足るを知る、の気持ちを維持しようと思い定めています。話は変わりますが、千津子さんが昔、近田の町議会かなにかの選挙の際、当時、社会党の候補の応援で宣伝カーの上でアジりながら、長さんの勧めで共産党に票を入れ、そ知らぬ顔で、ちゃっかりと当選した自民党の事務所に挨拶に行くというマルチ、グローバルな離れ業をやったと聞きました。真由美さんの話と、千津子さんのアジテーションが私の中で混じってしまい、ひょっとすると、本当はルーツの繋がった孫なのではないかと、思ってしまうのは私だけなのでしょうか・・・・  

テレビ体操によせて

 投稿者:信後  投稿日:2010年10月 2日(土)10時33分50秒
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  生来の横着者である私は、64という齢を重ねると、筋肉は削げていく代わりにあちこちが水ぶくれ脂肪ぶくれ。もう見る影もございません。
先日清美さんと話しましたが、彼女とは毎朝6:25からの「テレビ体操」仲間としりました。清美さんはもう20年続けてるってね。
私はまだ始めて3ヶ月程度ですが、朝の10分間 とても効率的で爽やかにできる運動なので、これだけは欠かすまいと毎朝続けています。
5名のレオタード姿の若い女性が笑顔で躍動する姿は、歳は喰ってもやはり励みになるんですよ。
少しでも真似して体を動かそうと頑張れるんです。
その内の2名が私の好きなタイプの人です。テレビに映っていてもその2人の前に位置して私も体操します。
その内の1名が時々お休みの日があります。それも定期的ではないのです。
そんな日は「あの子どうしたのかな~」と思いを巡らします。
ほんのたまにですが、その残った一人が椅子での体操を担当する事があるのです。
その時は私も椅子に座ってします。
10分間の最後にインストラクターが「それでは皆様今日もお元気にお過ごしください」といって全員でお辞儀をされ、私も「ありがとう」と礼をして終わります。
そんな他愛もない楽しみで始まる毎日をこれからも大切にしたいと思っています。
東京のラジオ体操って、やはり規模も違うんだな~と感心。首長を招いて記念パーティーをホテルでね~。
東京の人って、人とのつながりをあらゆる機会を利用して作る事にマメなんだなと羨ましく思いました。
しかし良治君の提案もいいよいいよ!あのレオタード姿のおねえさまが、こぼれるような笑顔で身体全体を躍動させるのを「生」で見ながらの体操って、今の私には究極の夢です。
当然お歳をめしたご婦人方はそんな夢を頭に描いてみる還暦オッサンをウサン臭く思うのも当然でしょうがね。
しかしそれを恥じることなく提案してみせる良治君の勇気と下品さに拍手拍手。
 

ラジオ体操についてのウンチク

 投稿者:良治  投稿日:2010年 9月27日(月)18時48分25秒
返信・引用
  私もラジオ体操にはまつており、昨年の出席日数は302日で2位、1位はなんと326日の近所の主婦。一年365日でこの数字はどれだけ土砂降りの朝が少ないかです。
その若宮公園ラジオ体操会の役員会で、来る30周年記念の企画を私が提案しました。現場にこだわる意味で、いつもの公園で朝6時30分、テレビ体操のレオタードのオネエチャンを一パイ飲ませるからと二三人呼び、前で指導してもらつた後、近所で評判のベーカリーのパンを参加者全員に配るというのはいかが・・・と。皆さんから、<妹尾さんは何考えているんですか>と即ボツ。結局は25周年の時と同じ両国第一ホテル<お袋と耕基たちが泊まつた>の宴会場で墨田区長、墨田区議会議長、ラジオ体操連盟のお偉いさんを招待して型どおりのパーテイーですと。小生のアイデアは受けると思つたのですが、清美さんに言わせると<あんたの、オネチャンに一パイ飲ませて・・が下品なのよ>と一言。
兄貴には気持ち解つてもらえると思うのだが・・。
 

(無題)

 投稿者:妹尾清美  投稿日:2010年 4月27日(火)09時57分34秒
返信・引用
  ようやく気温も安定する様ですが日替わりのお天気と気温の変動は体に応えます、近田の皆様はお元気でしょうか
庭仕事に良い季節になり日々作業に励んでいます、八重桜が散ったら種まきと良く言いますが
こんなお天気では種まきのタイミングが悩みの種で、ちゃんと芽が出るか心配。
先日東京に雪が降ってうっすら白くなり、驚きましたが思えば40年程前の4月の
雪は専門学校入学の時ではっきり覚えています
経済の停滞、気候の変動、火山の噴火などなど長く生きていると色々な事に出会い、
その事に驚いてばかりでもない、それなりに長く生きて来たのかと感慨深いこの頃です。
私事ですが先日小学校のクラス会が有り80歳になられた担任の先生から還暦を祝っていただきました。
二十数名の参加者が全員60歳で、子供の時と変わらないけれど皆それなりに年を重ねているんですよね‥…
皆様お体に気をつけて、またお会い出来る日を楽しみにしています
 

旅行のスケジュール

 投稿者:良治  投稿日:2010年 2月28日(日)10時03分18秒
返信・引用
  20日には、東京駅から直接,神田松屋の蕎麦で腹ごしらえをし、一路高田馬場の点字図書館に向かう。その日はそのまま第一ホテルに入り、夕食は両国あたりで、ちゃんこ鍋でもと。
21日には、浅草見物がいかがかと。粋なイケメン車夫の人力車に乗り一回りした後には、浅草園芸ホールで落語を楽しもうという算段です。途中、昼食は、浅草むぎとろで、むぎとろ定食とか、駒形どぜうとか、...デザートには、かりんとうの小桜、永命寺の桜もち、舟和本店の芋ようかんとみつ豆。ちょいと車で建設中のスカイツリーを眺め,電気ブランの
浅草神谷バーで一杯。世界一怖いと評判の花やしきのジェットコースター<今にも壊れそうだから>を経験するか。伝説の浅草フランス座のストリップ劇場は今回パス。夕食は、我が家でゆっくりと。 22日は空白にしています。ご要望があれば何なりと。 六本木ミッドタウンとか、千駄ヶ谷あたりの探索とか、上野の美術館、博物館あたりの桜も見られるかも。桜といえば、九段の千鳥ヶ淵。隅田公園も桜の名所です。 短い滞在なのであれもこれもとはいきませんが、思いついたところです。楽しみにしています。
 

(無題)

 投稿者:千津子  投稿日:2009年 8月 7日(金)10時59分25秒
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  清美さん、次第に気持の落着きを取り戻されている御様子が伺えて何よりです。
いくつになっても親に別れるというのは寂しいものですからね。
私の66才のとき里の母が亡くなりました。この歳になるまで生きていてくれた親ですが、
親を見送った安堵感より寂しさの方が勝っていたような気がしました。
私もこの年まで生きていると家族だけで5人、里の親、弟など最近では小池の叔母さんも
手にとってみ送りました。
それぞれの死の有りようを見てきましたが、清さんを除いては殆ど老衰の形の静かな死でした。この人達を看取った経験は貴女と同じように私にとっても宝物のような存在でずっと
大切にしたいと思っています。
「死に后は願えない」とはこの地方の言葉ですが、「自分が思っているような死にかたは願っても叶わないこと」の意です。
どうにもならないものの事は考えず、それまでの坂道を思い煩わずに淡々と下ってゆけたらいいなぁと思っています。
私も2、3日前ツクツク法師蝉の声を聞きました。今年ももう秋ですね。どうぞお大事に。
 

せみの声

 投稿者:Shingo  投稿日:2009年 8月 6日(木)06時48分14秒
返信・引用
  そうなんです。中国地方は8月4日に「梅雨があけた模様です」と発表があったのですが、それに先だち近田のつくつく法師は第一声を8月2日に発しましたものね。
まだまだ昼間の光は強烈な昨日のお天とう様でしたので、秋の到来など感じてはいませんが、毎年、原爆記念日の±2日の範囲で吹く微風に忍び込んでくる秋を感じるのですが、今のところまだそれを感じるところには至っておりません。
そういう今日は8月6日原爆記念の日です。
原爆記念日といえば、昨日七重と話したところ、広島で受けた「平和教育」はかなり強烈で、「はだしのゲン」とか、「火垂るの墓」など、子供が受けた原爆体験の映画や絵本を、これでもかこれでもかというほど見せられて、その恐怖が身についているという。
それに引きかえ福岡にしても、そして東京時代のあちことから来た知り合い達もみな、8月6日が原爆記念日という意識すら極めて薄く、そのギャップに最初とまどったという。
 おそくなりました、清美さんつづいておさみいことと思います。
しかし書いていますように、お父様の穏やかな顔に語りかける花の話、その中で人の死というものの意味をおそわるあなたの心の動きを想像し私の方も穏やかに微笑む気持になります。
 

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